スリルに富んだ産官学の三角関係を
京都文藝復興倶楽部 名誉代表幹事
京都造形芸術大学 客員教授 芳賀 徹
 「産官学の連携と協力」――このことばは近ごろしきりに耳にし眼にします。マスコミでこのことばが眼につかない日はないといってよいほどでしょう。しきりに説かれるというのは、それだけこのことばがまだ実体をともなわず、美しいスローガンにとどまっているということかもしれません。  官と産はもともと縁が深く、ときにはそれが官の産に対する規制と、産の官に対する依存という関係になってしまっていました。産と学とは近年ようやく互いに近づきはじめたとはいっても、まだ意志疎通は十分でなくて、よそよそしさが残っています。そして官と学とは、政府の審議会とか自治体の各種委員会とかに少数の大学関係者が招かれて加わることがあるという程度で、大学側は傭われマダムか家政婦という気配がまだまだ濃厚です。官の側の人が大学に乗りこんできて、週一回の非常勤ででもセミナーをもつなどということはめったにありません。

 私たちの京都文藝復興倶楽部は、官産学間のこのもじもじとした、もどかしい状況をいっぺんに、気軽に突破して、それを面白い、知的スリルに富んで活発な三角関係にしてしまおうという試みです。
 これは私たちの舞台が京都だからこそ試みうることなのではないでしょうか。東京沙漠とはちがって、この京都では官産学でも産学官でも互いに顔が見えるほどの指呼の間にある。呼べばすぐにタクシーで馳せつけることができるぐらいの距離にあります。官とはいっても、それは永田町でも霞ヶ関でもなく、西新宿の超高層の上のお上でもなく、御池通りや長者町のちょっと古びてなじみの深い建物の住人たちです。山の向うの宮津市、加悦町、綾部市、亀岡市、あるいは川の向うの宇治市、木津町などといっても、みなそれぞれにきわめて個性的な長い歴史とゆたかな文化をもった自治体で、遠目にも顔立ちがはっきりしています。

 企業、商店の人々にしても同じで、先端派にせよ伝統派にせよ、みな長短さまざまの歴史に鍛えられたあざやかな個性をもって健闘していらっしゃる。そして私たちの京都造形芸術大学は、他のどこの大学よりも早く、そして旗色鮮明に、「京都文藝復興」を唱え、これを旗じるしとして「実験と冒険」を展開しております。
 私たちの大学が、「芸術文化学科」から「環境デザイン学科」にいたる七学科の研究教育ユニットの他に、それらの学科研究室と密接につながりながら、「日本庭園研究センター」「歴史遺産研究センター」「情報デザイン研究センター」「舞台芸術研究センター」「和太鼓研究センター」「空間演出デザイン研究センター」「佛教美術研究センター」と、現在のところ七つのセンターを併置しているのも、教育から少し離れて、官、産をはじめ大学外の組織と自由に実践的に提携し、社会に、世界に「京都文藝復興」の運動をおしひろげてゆこうというためにほかなりません。

 「京都文藝復興」に向けて、当面は私たちの大学が研究と行動のイニシアティヴをとることとなるかもしれませんが、しかしもちろん大学がこれを独占するものではありません。産官学の有志がそれぞれにまったく平等の立場で、「文藝復興」に向けて問題を提起し、研究を報告し、経験を語り、意見を戦わせ、智慧をわかちあい、刺激と示唆を交わしあい、市中に出ていって行動し、倶に楽しみつつともに思索する知的空間――それが私たちの「倶楽部」のあって欲しいすがたです。

 産官学、それぞれに遠慮なく仲よくつきあうが、木屋町通りの飲み屋仲間になる必要はない。京都があまりに居心地よいために、この盆地住まいの井の中の蛙にまたなることだけは避けましょう。二十一世紀日本の藝術と文化による再立国を志し、それによる世界の平和と幸福への貢献をこそ願う――世界を見はるかすこの遠大な志の動力源としての「京都文藝復興倶楽部」の運動に、ますます多くの産官学の人々が参画して下さり、ますます緊密で知的スリルに富んだ産官学の三角関係が、この京都に形成されて旋回しつづけてゆくことを、私どもは願っております。
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